我が青春のリヨン伊東 弘樹
今年の夏、NHKの『世界遺産―フランス縦断の旅』でリヨンが紹介されておりました。
リヨンは、ローヌ川とソーヌ川に面した古代ローマ時代からつづく歴史のある古い都市で、フランスではパリに次ぐ第2の都市です。
また、リヨンは世界最初の映画をつくったリュミエール兄弟の出身地でもあります。
学生時代、東京の京橋にあった国立近代美術館フィルムセンターでこのリヨンの下町が舞台のマルセル・カルネ監督のフランス映画『嘆きのテレーズ』(1953)を見たのを思い出しました。
原作はエミール・ゾラの『テレズ・ラカン』。
テレーズ(シモーヌ・シニョレ)は病弱な夫と意地悪な姑(シルヴィ)に不満で、夫の友達のローラン(ラフ・ヴァローネ)と恋に落ちた。夫と汽車に乗ったのをローランが追って来て喧嘩となり、夫は列車から突き落とされて死んだ。それを目撃した水兵が二人を告訴すると脅迫した。二人は金を与えたが、水兵は自動車事故で死に、水兵の用意した告訴状は彼が託した少女によって投函された―という筋で、時代は現代になっておりますが、原作は1830年代のパリ。筋も原作とはかなりちがっておりますが、脚本家のシャルル・スパークの名シナリオで第一級の作品に仕上がっております。シャルル・スパークを映画評論家の飯島正は“視覚的表現をマスターしたうえに簡潔なせりふでそれをひきしめた名脚本家”と評しております。
シモーヌ・シニョレの女の色気。シルヴィの息子をテレーズとローランに殺されたと信じて疑わない疑惑に満ちた目。初冬のローヌ河岸のしっとりとした味わいのある風景。どのシーンも大変印象深く、深く記憶にきざみこまれました。
映画の中に人生がありました。それ以来、映画に夢中になり、東京中の名画座を見てまわるようになりました。
作家の池波正太郎は“映画は、最高の新しい才能を持った人たちが集まってつくる総合芸術。最高のスタッフがつくって、一番新しいテーマを取り上げるので、それを見れば健康に良く、気分的に若くなる”と何かの本に書いておりましたが、全く同感です。特に、私みたいな中年男性には映画はなくてはならないものだと思います。
家内からは映画に一生懸命になるように、仕事にも一生懸命になってほしいと苦言を呈されております。目下、仕事と映画鑑賞の両立が課題。
フランスの文豪、バルザックはだぶだぶの僧服を着て、毎日規則正しく真夜中の12時から朝8時まで“人間喜劇”を書いたと言われておりますが、私も少しはバルザックを見習い、仕事に精を出さねばと思う今日このごろです。